猫伝染性腹膜炎(FIP)
猫伝染性腹膜炎(FIP)
FIPとは猫伝染性腹膜炎と呼ばれる病気です。
FIPは、60~70%程度の猫ちゃんが保有しているとされている猫コロナウイルス(Feline coronavirus: FCoV)が突然変異し、毒性の非常に強い猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)になることで引き起こされる病気です。
FCoVは元来病原性が低くほとんどの猫ちゃんは無症状ですが、なんらかの理由でFIPVへ突然変異すると途端に致死性の高い病気を発症させます。
ストレスなどによる免疫機能の抑制が原因の一部と考えられていますが、残念ながらFIPVへ突然変異する原因は明らかとされておらず現代においては確実な予防策がありません。
一般的には2歳以下の若齢の猫ちゃんでの発症が多いとされており、特に1歳以下での発症が70%を占めるとのデータもあります。実際当院でもその年齢層の猫ちゃんでご相談いただくことがほとんどです。
成長するにつれ発症確率は減少しますが、8~10歳以降の高齢になってくると再び増加する傾向があります。そのため、他の疾患との鑑別が重要になります。
特に多いのが体重減少、食欲不振、発熱、抑うつなどです。
FIPは症状によりウェットタイプ、ドライタイプの2つの型に分けられますが、混合型も存在します。
食欲不振、活動性の低下、抗生物質治療に反応しない高熱を示します。
しばらくすると、腹腔内に腹水(滲出液)が貯まってお腹が張ったり、胸腔内に胸水(滲出液)が貯留することで呼吸困難が引き起こされます。その他の症状として、嘔吐・下痢・黄疸等が見られることもあります。
症状が全く無いことや、元気・食欲低下がみられて徐々に体重が減少していくこともあり、見過ごされがちなケースも結構あると思われます。
何となく元気や食欲が無くて痩せてきている猫ちゃんは、実はドライタイプのFIPかもしれません。
ドライタイプFIPでは腎臓・肝臓・脾臓・肺・腸管リンパ節・大網などの臓器に化膿性肉芽腫というしこりが出来ます。肉芽腫が作られた部位に応じて腎障害や肝障害、呼吸困難、下痢・嘔吐などの胃腸障害がみられます。
ドライタイプFIPのうち10%の猫ちゃんでは時間の経過とともに脳にダメージが生じてしまい、神経症状(協調運動の欠如、けいれん、性格の変化など)が発生することがあります。眼の症状としては、ぶどう膜炎がみられることがあります。
腹部や胸部に滲出液を伴うウエットタイプFIPは心臓病や肝臓病、腎臓病、腫瘍、細菌感染症などの症状とよく似ているため各種検査を用いた鑑別が重要になります。
貧血や白血球数の増加、血清タンパクの上昇、黄疸の有無を確認します。
FIPではγ-グロブリンの上昇による、血清総タンパク質濃度の上昇が認められやすいです。
またアルブミンとグロブリンの比(A/G比)も重要です。FIPでは血管炎や糸球体腎炎によりアルブミンの値が低下しやすいです。そのため、FIPではA/G比が低下する事が多くなります。
急性炎症で血中に増加する急性相血清タンパク質です。
FIPで上昇する事が多く、値が高いほどFIPの可能性が強まります。
FIPの場合には、コロナウイルスの抗体価が高くなる傾向にあります。
しかしFIPVのみならず低病原性のFCoVに対する抗体も含まれており、FIPでない猫ちゃんでも高い値を示すことがあるので他の検査と合わせて総合的に判断していきます。
ウエットタイプFIPでは胸水や腹水の貯留が認められます。
超音波検査で胸水や腹水が確認できる場合、胸・腹腔穿刺により薄黄色の粘稠性のある液体が採取されますので、見た目で大まかに仮診断ができます。
また超音波検査はドライタイプFIPでの肉芽腫性病変や腫瘤性病変を検出するのに優れています。
ドライタイプで肉芽腫性病変が見つかった場合には、超音波ガイド下で針生検を実施することがあります。
ウエットタイプFIPで胸水や腹水が採取された場合は、PCR検査を用いてウイルスを検出することができます。この方法は非常に正確であり、PCR検査で陽性反応が出た場合FIPである可能性がとても高いです。
ドライタイプFIPでは胸水や腹水が貯まっておらず検体を採取出来ないため、血液を採取してPCR検査に提出します。
※ドライタイプのFIPは診断が非常に難しいケースがあり、薬を試験的に投薬しその反応により診断する場合もあります。
最近まで猫ちゃんのFIPは完治できる病気ではありませんでした。
進行が速い場合ですと、発症してから数日~1週間以内(発症すると平均生存期間は9日間)に亡くなることも少なくありません。
無治療で経過観察するとウエットタイプFIPで約2~4週間程度の余命であり、ドライタイプFIPでは2~6か月程度とされています。
プレドニゾロンやインターフェロン、イトラコナゾールなどで治療し延命効果はあったものの、あまり良好な治療効果は期待できないのが現状です。
しかし最近ではFIPにおいて治療薬が開発されており、近年治療が可能な病気に置き換わりつつあります。
現時点で考えられるFIPの治療薬の候補はいくつかあります。一般的に現在の動物医療でFIPに対して投薬されているのは、MUTIAN(ヌクレオシド系逆転写酵素阻害作用をもつ)、XRAPHCONN、CHUAFUNING(CFN)などの未承認とされている抗ウイルス薬です。未承認薬なこともあり、保険は適用外で高額になる傾向がありますが、日本でも多数の臨床報告があり効果は実証されてきています。費用面が難しい場合にはモルヌピラビルを組み合わせた治療方法を行っています。
※モルヌピラビルなどの未承認治療薬には保険は適用されませんが、検査費用については保険が適用されることがほとんどです。
FIP診断後は症状やFIPのタイプによって投薬量を調整し、およそ90日間投薬します。投薬期間中は1~2週間ごとに、各種検査(血液検査、超音波検査など)を用いて治療の効果判定を行います。
約90日間の投薬を終えてから症状の再発が認められなければ、約1ヶ月ごとに定期健康診断を実施します。
数か月程度猫ちゃんの体調に問題がなければ、寛解したと判断し治療を終了します。