循環器
循環器
循環器の病気において、犬と猫ではよく見られる病気が異なります。
犬では僧帽弁閉鎖不全症、猫では心筋症が多いです。
初期症状はほとんどなく、徐々に進行し疲れやすいや寝る時間が増えたなどの症状が見られるようになってきます。重度になると呼吸困難に陥り、治療が遅れれば最悪の場合死に至ります。
少しでも気になる症状が出てきたら、一度受診して下さい。
当院では飲み薬を使用し内科的治療を行っていきます。
重篤な場合(呼吸が苦しく、通常より酸素を多く必要とするなど)は、入院下で治療を行うこともあります。
また、心臓病の治療の選択肢として外科的治療もあります。
外科的治療を望まれる場合は専門の施設をご紹介させていただきます。
まず初めに飼い主様に詳しい症状のヒアリングを行います。
飼い主様からの情報が診療の手助けになるので、少しでも他に気になる症状があれば、詳しく教えてください。
また、かなり重篤な場合は受付でその旨をお伝え下さい。
先に状態を確認させて頂き、検査・治療も同時に行っていく場合があります。
体重が落ちていないか
聴診で雑音がないか
雑音が認められた場合、その雑音の程度はどのくらいか
大まかな状態が確認出来たら、飼い主様に検査や治療の提案を致します。
検査を行う場合、可能な限り負担の少ない検査を提案させていただきます。
検査・治療が高額になる可能性がある場合には、大まかな費用の説明も行います。
まず心臓には4つのお部屋があります。そして左右それぞれに心房と心室があります。
全身に送られた血液は静脈を通って心臓に戻されます。そして右心房→右心室を経て、肺で新鮮な酸素を取り込み、左心房→左心室を経て大動脈より全身へ再び血液が送られます。この流れを一方向にするために、弁というものが存在します。
左心房と左心室の間にあるのが僧帽弁、右心房と右心室の間にあるのが三尖弁と呼ばれるものになります。
これらの弁に異常が生じると、弁の閉じが悪くなり不完全な状態となってしまいます。
そうすると、例えば左心房→左心室だけではなく、左心室→左心房と逆向きに血液が流れることが発生します。これを逆流と言います。血液の一部が逆流するため、心臓から送り出される血液の量が減少します。さらに心臓や肺で血液の渋滞が起こってしまいます。
この鬱滞した血液は、心臓を押し広げ心拡大が進行します。ある程度までは心臓自体に代償機能があるので、心臓内に血液が滞ることが少なく十分な血液量を全身に送り出すことができます。しかし、時間が経つにつれ、重度の心拡大へと進行すると代償機能が働かなくなります。結果として心臓に血液の渋滞が起こります。
犬では左のお部屋の弁に異常が出ることが多く、「僧帽弁閉鎖不全症」や単に「僧帽弁逆流」と表現することがあります。
初期には症状を示すことは少なく、逆流量が多くなると「元気がない、疲れやすい、寝ていることが多い」などの症状が見られるようになります。しかし、これらの症状は非特異的な症状なので、高齢の犬ならよく見られるため、心臓病から来る症状だとは思わず見過ごされやすいです。
心臓病を疑って来院される症状の多くは、「咳が増えた」です。
特に興奮した時や水を飲んだ時、また夜中から明け方に多く見られます。
重度の心拡大が生じると、左心房に鬱滞した血液が肺に滲み出して呼吸を障害する「肺水腫」に陥ります。
肺水腫の状態だと、呼吸が苦しいため落ち着きがない、寝る時間なのに寝られず肩で息をする、舌の色が紫となるチアノーゼが持続する、首を伸ばした状態で喘ぎ呼吸をするなどの症状を示します。最終的に血の混じったピンク色の液体を吐く、酸素がうまく全身に回らないため脳が低酸素状態となりぐったりして呼吸不全より死亡します。
そのため肺水腫は迅速な対応かつ長期間の治療が必要となることもあるので、入院下で集中的に治療していきます。
中高齢の小型犬に多く発症します。
チワワ、トイ・プードル、ポメラニアン、マルチーズ、キャバリア、ヨークシャ・テリア、ミニチュアダックスフントなど
雌より雄に多いという報告もあります。
身体検査で心臓の雑音を聴取します。収縮期雑音が聴取されれば、僧帽弁閉鎖不全症を疑います。
一般的に心臓病の時は心肥大が起こります。
聴診で雑音が聞こえても、心臓が腫れているかどうかが分かりません。
レントゲン検査は心肥大の評価に用いられます。
また心臓病が重度の場合、肺水腫に陥っている可能性もあり、そちらもレントゲンで評価します。
一般的に肺は黒く写りますが、肺水腫の場合肺が白くなります。
僧帽弁閉鎖不全症の確定診断には超音波検査を用います。
超音波検査はリアルタイムに見ることができ、かつ麻酔などの侵襲性がない優れた検査です。
超音波検査では、僧帽弁の形状や心臓の筋肉の厚み、血流などを確認することができます。また左心房や左心室の大きさを評価することで心不全の重症度を判定すると共に、心不全のリスクを予測することが可能です。
心臓に異常があると他の臓器にも影響を及ぼすことがあります。
肝機能障害、腎不全、貧血などこれらの有無を評価します。
血液検査は初回時と、治療を初めてから定期的に行っていきます。
アメリカ獣医内科学会(ACVIM)が以下のように病期を分類しています。
StageA | 心疾患を発症するリスクが高い犬で、現時点では心臓の構造的異常は生じていない。 (すべてのCKCS、その他の心雑音がない素因のある犬種) |
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StageB | 構造的心疾患の犬(典型的な弁の病理を伴う、典型的な僧帽弁逆流の心雑音の存在)で、まだ心不全による臨床徴候は現れていない。 |
B1 | 心臓リモデリング所見がレントゲン、超音波検査において認められない無症候性の犬。あるいはリモデリングがあっても治療介入の基準に達していない。 |
B2 | ・血行動態的に重症で長期に渡る僧帽弁逆流を有する無症候性の犬。 ・心不全の発症を遅らせるための治療介入が明らかに有益であるとされる基準を満たす。左心房、左心室の拡大がレントゲンと超音波検査において認められる。 |
StageC | ・現在あるいは過去に心不全徴候の認められた犬。 ・初めて心不全を発症した犬は積極的治療(後負荷軽減剤、一時的な換気補助)が必要な重篤な心不全徴候を呈し得ることに注意する必要がある。 |
StageD | ・心不全徴候が標準治療に抵抗性を示す終末ステージ。 ・臨床的に安定した状態を維持するためには、高度あるいは特殊な治療戦略を必要とし、どこかで弁の外科的修復を実施しなければならない。 |
こちらのステージ分類は非常に有名であり、多くの獣医師が参考にしています。
当院でもこちらを参考にし、治療を行っていきます。
StageA:薬物療法や食事療法は推奨されていません。
StageB1:薬物療法や食事療法は推奨されていません。
6-12ヵ月に1回は心臓超音波検査(±レントゲン検査)を行う事が推奨されます。
StageB2:強心薬の一種であるピモベンダンを用いることが強く推奨されています。
またこのステージより食事療法が推奨されます。
StageC:急性期、すなわち肺水腫では入院下のもと注射(主に利尿剤)や点滴、酸素療法など集中治療が強く推奨されます。必要に応じて鎮静剤なども使用します。
当院にはICUと呼ばれる集中治療室を用意してありますので、入院下での治療が可能です。
慢性期、すなわち肺水腫を乗り越えた後は自宅で利尿剤やピモベンダン、降圧剤などの飲み薬を継続していただきます。定期検診では心臓の状態はもちろん、腎数値などを測定し他の臓器に異常が出ていないかの評価も強く推奨されます。
StageD:高用量の利尿剤、ピモベンダン、降圧剤などを用いても病状の改善が認められない。
また酸素ハウスから出るのが難しい状態で、臨床的に安定した状態を維持するには高度な治療が必要となる。
その場合、ご相談にはなりますが、心臓手術を行える施設をご紹介させていただきます。
肥大型心筋症(HCM)は猫で最も一般的な心臓病であります。14.7%の子は症状を示さないと報告されています。
ヒトでは遺伝性疾患とされており、猫でもメインクーンやラグドール、アメリカンショートヘアで遺伝性の関与が疑われています。また、診断時の年齢幅は6ヶ月~20歳であり、どの年齢でも発症する可能性があります。
性別ではオスに多いとされています。
HCMは心臓を構成する心筋細胞の肥大、錯綜配列や線維化により心機能障害を起こし、弛緩障害と硬さの増加から心不全を引き起こします。また、血液の停滞などにより動脈血栓塞栓症を続発することもあります。さらに、僧帽弁の収縮期前方運動による動的左室流出路閉塞や不整脈の併発は、病態を悪化させます。
HCMの子は無徴候が多い。臨床徴候を呈していたとしても「何となく元気がない」、「じっとしている」、「食欲がない」、「吐いている」など非特異的な症状が多い。さらに猫は性格上臨床徴候が分かりづらく、初期徴候が血栓症や肺水腫、胸水、突然死など致死的となっている場合が多く経験されます。
「開口呼吸」、「呼吸困難」、「チアノーゼ」など明らかな心不全徴候を示している猫は、よほど重篤な症例と考えるべきであり、速やかな救急治療が必要となります。
先述した動脈血栓塞栓症は重度から末期に進行する前に突如発症することがあり、突然死や後躯麻痺などの劇的な症状を前兆もなく認めることがあります。猫の動脈血栓塞栓症の70%は大動脈-腸骨動脈分岐に発症し、両後肢への血流が途絶え多くの場合強い痛みを生じるとされています。また、血流が途絶えたことにより麻痺や感覚の消失だけでなく、冷感を認めることが特徴的であります。循環器疾患の猫で、咳を主訴に来院することは少ないです。
HCMは心筋肥大の検出と除外診断により臨床診断されます。
心筋肥大の検出には主に心臓超音波検査が用いられます。除外診断では、心筋肥大の原因となる循環器疾や患(高血圧症、大動脈弁狭窄症など)全身性や代謝性、腫瘍性の疾患(甲状腺機能亢進症、末端肥大症、リンパ腫など)、脱水や頻脈による偽肥大を除外していきます。重要な合併症である動脈血栓塞栓症は、激痛や急激な状態の悪化など身体検査から疑っていきます。
疑われる場合、腹部超音波検査で大動脈の観察や複数箇所からの血液検査を組み合わせることにより確定的な診断が得られます。
無徴候の症例に関して一定のコンセンサスはないが無徴候のHCM症例であっても、循環器疾患関連の病気の発生リスクが健常な猫に比べて有意に高く、心不全や血栓症、突然死を起こしやすいことが近年報告されています。
したがって、無徴候であっても慎重な経過観察を行い、長期的に治療介入するべきと考えられます。
リスク因子として、重度の心筋肥大、左房拡大、もやもやエコー、動的左室流出路閉塞、不整脈などが存在する場合は心不全、突然死や血栓症のリスクを懸念し治療を考慮します。
具体的にはβ遮断薬やカルシウムチャネル拮抗薬を用います。心拡大が顕著な症例ではアンジオテンシン変換酵素阻害薬の投与を考慮します。さらに、顕著な左房拡大など血栓症に進行する可能性がある場合には、抗血小板療法を併用します。
心不全徴候がある場合、急性期の症例では急性心不全の治療に準じます。具体的には胸水が認められる場合、胸腔穿刺での抜去を行います。肺水腫が認められる場合、利尿薬を用います。入院治療が必要となることがありますが、猫の場合入院がストレスになってしまうので、慎重に行います。動脈血栓塞栓症がある場合は、鎮痛薬、鎮静薬、酸素化に加え、血栓溶解療法、保存療法、外科的血栓除去術を考慮します。
慢性期の症例に対しては、β遮断薬やカルシウムチャネル拮抗薬などを用います。心拡大が顕著な症例ではアンジオテンシン変換酵素阻害薬の投与を考慮します。心収縮力の低下を疑う症例では、ピモベンダンを投与することがあります。さらに血栓症の懸念がある場合は、抗血小板療法もしくは抗凝固療法を併用します。
肺水腫や胸水などの心不全徴候を示している場合は、腎臓の数値をモニターしながら使用していきます。